皆様こんにちは、北里コーポレーションの内山です。
今回は私が最も得意だったICSIについて、そこで施設間の認識が異なるPVPについて触れてみたいと思います。
ICSIとPVP:Piezo-ICSIでPVPを使用するメリット
ICSI(顕微授精)といっても、施設によって方法はさまざまです。毎年開催される日本臨床エンブリオロジスト学会のワークショップの実技書(1)を見ても、各施設ごとに異なる実技手法が紹介されています。
例えば、精子ドロップの作り方や精子の運動率を緩慢にするために使用するPVP(ポリビニルポロリドン)の濃度は施設によって異なります。そのような中、当社では、お客様のニーズに応えるために、3%、5%、7%、10%のPVP製品を取り扱っています。使用するPVPの濃度によっても、精子の動き方が変わるため、選別の基準も施設によって異なることは容易に想像できます。
私が前職でICSIを行っていた頃は、PVPを使用していませんでした。その理由は、PVPを使用しなくとも精子を捕えることができ、自然な状態で運動性能を判断できたためです。また、PVPの被覆作用によりカルシウムオシレーションや精子核の脱凝縮の遅延が指摘されていて、PVPの安全性に懸念がありました。
しかし、本格的にPiezo-ICSIのルーティン化を目指した際に、PVPを使用しないと精子がピペットに張り付いてしまい、スムーズな注入が難しいという問題が発生しました。アルブミン濃度を上げるなど様々なテストを繰り返しましたが解決せず、試しに当時使用を控えていたPVPを用いてみたところ、張り付きを防止する効果を確認でき、スムーズなPiezo-ICIの実施につながりました。
実際、私が行った検証では、ICSI後の受精率、発生率、妊娠率などの成績が、PVPの使用を控えていた頃と変わらずに安定していることが確認できました。さらにPiezo-ICSIにおいては、PVPの使用により受精率が上がり、成績の向上が見られました。また、費用面を考えてもPVPは他の試薬よりも安価であるため、積極的に使用するようになりました。
IMSIによる形態良好精子の選別とPVP
2022年4月より始まった不妊治療の保険適応において、強拡大顕微鏡による形態良好精子の選別が可能であるIMSI(Intracytoplasmic morphologically selected sperm injection)が先進医療として認められました。IMSIは1000倍以上の倍率(デジタルズーム6000倍)で精子を観察し、精子頭部の空胞の有無を調べ、形態的に良好な精子を選ぶICSIの事を指します。精子頭部内の空胞は精子DNAの断片化を誘導し、受精卵の染色体構造異常を引き起こし、着床率の低下や流産のリスクが高まる可能性が指摘されています。そのような精子を高倍率の顕微鏡で選別し、形態良好な精子を良好な卵子と顕微授精することで、受精率が高くなります。
しかし良好な精子は運動速度が速いため、高倍率の顕微鏡では観察が非常に困難であり、良好な精子がたくさんあっても、なかなか捕らえられないことがあり、施行時間が長くなることがしばしばありました。年齢とともに動体視力の衰えをICSIによって感じることとなりましたが、PVPを使用して精子の動き自体を緩慢にすれば、年齢や動体視力に関わらず、高倍率での形態観察が可能となるはずです。Piezo-ICSIの成功体験もあり、PVPをIMSIにも用いることで成績向上の可能性を感じるようになりました。
PVPの新たな応用:異常破膜卵子の変性回避方法
精子を選別する段階だけでなく、PVPには他にも使い道があります。楠原ウィメンズクリニックの培養室長である沖津摂先生が考案したのは、異常破膜した卵子の変性回避方法です。Piezo-ICSIで異常破膜した卵子に7%PVPを吹きかけ、培養液の粘性を高め、浸透圧を上げて、卵細胞を収縮させる方法で、これにより卵子を救済することができます。
2023年9月に弊社セミナーで開催された「ICSIにおける原形質膜修復メカニズムと変性回避の試み」という講演では、異常破膜した卵子の変性率が19.7%から6.0%に有意に低下したという結果が報告され、その後、参加者からも同様の成功事例が報告されました。ご興味のある方はぜひお問い合わせください。
今回は様々な用途で使用されるPVPについて取り上げてみました。私自身が無縁だったPVPに関してPiezo-ICSIをきっかけに新たな発見をし、成績向上に貢献することを感じました。必要に応じて、適切に活用することも重要かもしれません。
皆様はPVPについてどのようにお考えでしょうか?最後までお読みいただきありがとうございました。
参考文献
(1) Journal of Clinical Embryologist Vol.25(2023) P62-120
PVP(3% 5% 7% 10%)
Micro Tools
動画提供: Natural ART Clinic日本橋 上野 剛 先生