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胚培養士さんの未来のために 北里コーポレーションのブログ

胚移植は、培養士が大切に育てた胚を患者様に戻す最終段階であり、患者様にとっても期待の高まる重要なプロセスです。ここでは、培養士として胚移植に携わる際の役割や注意点、そして使われた胚移植カテーテルの技術の進化、ERの対策について私の経験をもとにお話しさせていただきます。

胚移植時の培養士の役割 ~医師と連携のために~

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私が勤めていた以前の職場では、移植する胚をモニターに映し出し、カテーテルにロードする様子を患者様にご覧いただいていました。その際、看護師が説明を行い、患者様は緊張した表情でその瞬間を見守ります。手術室にいる全員(患者様、医師、看護師、時には見学者)の視線がロードの瞬間のモニターに集中するため、特に経験が浅かった頃は、緊張で手が震えてしまい、ロードがうまくいかないこともありました。

当時そのクリニックで採用されていたTOWAKO method®のカテーテルは、細く短い構造で、吸引シリンジの遊びが少なくなるため、看護師が患者様にモニターを見て説明しているタイミングに合わせて、胚をゆっくり慎重に吸い上げることが難しいものでした。そのためシリンジの個体の特性を事前把握したり、ロードを繰り返し練習していたものです。

TOWAKO method®は、私の1番目の上司であった故加藤修先生(加藤レディスクリニック 名誉院長)が開発した経子宮筋層アプローチによる胚移植技術であり、1993年に学術誌「Fertility & Sterility」に報告されました。1990年代の胚移植は、主に「blind touch」と呼ばれる方法が主流で、超音波を使用せず、カテーテルの目盛を頼りに医師の経験と勘で行われていました。TOWAKO method®の優れた点は、そのような時代においても経膣超音波ガイド下で行う移植方法であったことです。これにより、超音波の画像を確認しながら胚移植をする際に、ダブルバブルサインの観察や、医師が望む移植のタイミングや胚を送り出すスピードを調整したり、カテーテルからのスポットの出方によって、胚の戻り(ER:embryo retention)を予測することが可能となったり、胚移植の技術を高いレベルで意識しながら関わることができました。

胚のロードから移植の最終段階に至るまで、培養士は医師や看護師と協力し、患者様に最適な治療を提供するための重要な役割を果たしています。私自身、経膣超音波ガイド下で行われるTOWAKO method®を通じて技術を習得する経験を得ました。この方法を通じて、移植技術の向上だけでなく、医療チームの一員として患者様に安心感を提供することの重要性を深く学びました。

革新的なカテーテル開発への挑戦 ~経子宮筋層的移植から経子宮頸管移植へ~

1996年、私の2番目の上司であったNatural ART Clinic日本橋の理事長、寺元章吉先生(当時加藤レディスクリニック副院長)は、初めて経膣超音波ガイド下での経子宮頸管的移植を試みました。この試みは、TOWAKO methodと同様に、経膣超音波ガイド下で子宮や子宮内腔を可視化しながら頸管移植を行うことを目指したものでした。この過程で、寺元先生は患者様の頸部や子宮内腔の負担を軽減するために柔軟性を追求し、カテーテルの材質をテフロンからシリコンに変更しました。また、カテーテルの太さを、6Fr(外径約2㎜)から5Fr(外径約1.65mm)、さらに4Fr(外径約1.35mm)から3Fr(外径約1.00mm)へと、試作を繰り返し評価しながら細さの限界を追求し改良を重ねました。

寺元先生の要望に応じて、弊社代表の井上もその仕様に合ったカテーテルの製作に尽力しました。細いシリコンだけでは子宮内への挿入が困難であるため、テフロンとシリコンの二重構造を採用するなど、寺元先生と探求し、試作を評価しながら開発を進めた結果、北里ETカテーテルが完成しました。胚移植用カテーテルは太くて硬いほど子宮内膜を傷つける可能性があるため、柔らかく細いカテーテルの実現を目指した寺元先生の挑戦は、まさに革新的なプロジェクトでした。寺元先生の「最善の胚移植を患者に提供したい、医師は職人であるべき」という情熱が生んだ北里ETカテーテル。この開発プロセスとその成果は、生殖医療の歴史において特筆すべき一章と言えるでしょう。このような歴史背景の中、北里ETカテーテルは改良を続け現在に至ります。

培養士ができるER(embryo retention)の対策と予防

胚移植は不妊治療において極めて重要なステップであり、その成功は治療の成否を左右します。文献によればERの発生頻度は1~7%と報告されており、医師や培養士にとって特に注意が必要な瞬間です。ここでは、ERの発生メカニズム、培養士が果たすべき役割、そして培養士ができる予防や対応策について、具体的な事例を交えながら詳しく解説します。実際の現場でのヒントや改善点としてお役立ていただければ幸いです。

ERの要因は多岐にわたりますが、最も一般的なケースとして、カテーテルに粘液や血液が付着し、先端を塞いでしまうことが挙げられます。培養士は、移植が終了した際にガイドやカテーテルに粘液や血液が付着していた場合、ERが発生していないかどうかを注意深く確認する必要があります。

次に、たとえ細く柔らかいカテーテルであっても、挿入時にカテーテルが子宮内腔から子宮内膜に潜り込み、埋没してしまうケースがあります。このような場合には、超音波画像を見ながら埋没した位置までカテーテルを引き戻す必要があります。これは、シリンジを押した際に胚が行き場を失い、カテーテルとガイドの隙間に入り込んでしまう可能性が高まるためです。

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さらに、培養士が胚を送り出した後のシリンジの取扱いも重要です。胚を送り出した後にシリンジをすぐに緩めると、シリンジパッキンが元の形に戻り、カテーテル内に胚が吸い戻される現象が発生します。(図3)このため、医師がカテーテルを抜くまで、押し込んだシリンジは緩めないようにすることが重要です。また、カテーテルとシリンジの密着が不十分な場合、胚を押し出したつもりでも圧力が伝わらず、胚がカテーテル内に残る可能性があります。この問題を防ぐためには、移植前にカテーテルに胚移植用培養液(ET Medium EmbryoNida®)等でカテーテル内を通液しておくことをお勧めします。これにより、カテーテルとシリンジの密着性を確認できると共にローディングやインジェクションの際に圧力が直接伝わり、コントロールし易くなります。

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どんなに注意深く事前準備をし対策をして胚移植操作に臨んでもERがおこることがあります。これは、子宮内の圧力によるものです。Kozikowskaら(2019)は、子宮の収縮に着目し科学的に証明しようとした実験を行いました。彼らは子宮体部(底部)、頸部でそれぞれ圧調整可能な子宮模型を作製し、挿入したカテーテルから押し出された培養液の流れを可視化する実験を行いました。

子宮体部の内圧が高い(子宮が収縮)と、頸部に向かって圧力が掛かり、カテーテルやスタイレットガイドに培養液が逆流し、逆流した培養液は毛細管現象も加わり、カテーテルガイドを包み込むように流れて行きました。子宮が収縮していないリラックスしている状態で胚移植を行うことを推奨しているとともに、より柔らかいカテーテルやヒアルロン酸を含む胚移植用培養液(例:ET Medium EmbryoNida®)等の使用が胚移植の成功率を向上させると発表しています。

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ERは様々な原因により起こり得ます。もし仮にERが起こっても胚にダメージさえ無ければ再度移植することが可能です。Kadour-Peero ら(2022)は、再移植の妊娠率低下は殆どなかったことを報告しています。たとえERが発生したとしても予測する知識や見解、回収する技術があれば、胚移植を成功に導くことが可能です。胚移植における培養士の役割は単に胚を吸って出すだけではなく、万が一、ERが発生した場合でも胚を見つけ出し、ダメージを与えないように回収することです。そのためには超音波画像から移植の成否を判断し、ER発生に対する予測能力を培養士は備える必要があると考えています。

 TOWAKO method®から始まった、私の胚移植の経験談について最後までお読み下さり有難うございました。ご質問やご意見があれば是非お聞かせください。よろしくお願いいたします。

 

参考文献:

Einav Kadour-Peero, et al. J Assist Reprod Genet. 2022. DOI: 10.1007/s10815-022-02450-y

Małgorzata Kozikowska, et al.  Sci Rep. 2019 Aug 19;9(1):11969.  doi: 10.1038/s41598-019-48077-5.

 

 

 

内山 一男

執筆者: 内山 一男

1994年から加藤レディスクリニックで30年近く胚培養士として不妊治療に携わる。 ICSIの受精率90% 以上と当時世界一の技術達成に関わり、さらに安全なICSIを目指すべく卵子紡錘体の可視化と精子形態の厳選化を合わせたSL-IMSIシステムの開発およびルーティン化を実現。 培養士3人でスタートしたラボも60人の巨大なラボに成長し、巣立った培養士が多くの施設で活躍中。 常に新しい技術を適切に確立し取り入れ、累計5万人以上の赤ちゃん誕生に関わり得たことが一番の誇り。