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胚培養士さんの未来のために 北里コーポレーションのブログ

こんにちは内山です。今回は高濃度ヒアルロン酸含有胚移植用の培養液について取り上げてみました。

ヒアルロン酸と着床の関係 – その役割と臨床応用

ヒアルロン酸は、哺乳動物の細胞外マトリックスに広く存在するグリコサミノグリカンの一種です。卵丘細胞によっても分泌され、採卵時には卵丘細胞卵子複合体(COC)がヒアルロン酸に満たされプルプルの状態で採取されます。ヒアルロン酸はヒト子宮内膜において主要な高分子として存在し、増殖期中期から分泌期後期にかけてその量が増加することから、着床に関与する重要な分子であると考えられています。

この着床率の向上を目的として開発されたのが、高濃度ヒアルロン酸を含有する胚移植用の培養液です。この培養液に関しては、医学的根拠に基づくコクランレビューにおいて、出生率の上昇や流産率の低下の可能性が示唆されています(参考文献1)。

日本においても、初回の胚移植で高濃度ヒアルロン酸を含む培養液を使用した結果、低濃度ヒアルロン酸を含む培養液やヒアルロン酸を含まない培養液と比較して出生率が向上し、副作用や流産率に有意な差は認められなかったという報告があり、また、43歳以下で4回以上胚移植に失敗した患者様を対象とした研究結果でも、高濃度ヒアルロン酸を含む培養液を使用した群で妊娠率および出生率の上昇が認めらました。

これらの研究結果から、高濃度ヒアルロン酸を含む胚移植用培養液には一定の有効性があると考えられ、有効性と安全性が確認されたことを受けて、2022年4月より反復着床不成功の症例や医師が必要と判断した患者様に対して、公的医療保険の適用が開始されました(資料1)。

資料1_ha

当社では、この高濃度ヒアルロン酸の特性を活かし、胚の着床環境をサポートする高濃度ヒアルロン酸含有培養液「Embryo Nida®」を製造・販売しています。

nida

高濃度ヒアルロン酸含有培養液 「Embryo Nida®」浸漬時間と使い分け

当社では、高濃度ヒアルロン酸含有培養液「Embryo Nida®」として、EN・ENM・ENRの3種類をラインナップしています。
ユーザーの皆様からは、浸漬時間の目安や、写真に掲載されているEN・ENM・ENRの製品の使い分けについて、多くお問い合わせをいただいていますのでご説明させていただきます。

まず、浸漬時間に関しては、メーカーによって異なり、参考文献にも幅がありますが、コクランレビューによると、高濃度ヒアルロン酸を含む場合、浸漬時間が10分以下の短時間でも、10分以上の長時間でも、出生数に対する治療効果に差がないことが報告されています(参考文献1)。

同様にAdeniyiらの研究でも、10~30分の短時間グループと2~4時間の長時間浸漬グループ間に差は見られず、浸漬時間に関わらず、高濃度ヒアルロン酸含有培養液は、生産率の改善に寄与すると報告されています(参考文献2)。

このようなエビデンスを踏まえ、当社では、浸漬時間を重視するよりも胚移植の主流が凍結胚盤胞であることを考慮し、「EN(ENR)」を胚融解後の回復培養としてだけでなく、胚移植用培地としても(前回のブログで紹介)ご使用いただく方法をお勧めしています。

また、高濃度ヒアルロン酸含有培養液は、すべての患者様が使用するとは限りません。中には、通常の培養液のみを使用する患者様や、通常の培養液と高濃度ヒアルロン酸含有培養液を併用される患者様もいらっしゃいます。そのような状況において、培養工程での取り違えや操作ミスを防ぐため、HEPESを含まない製品「EN」にフェノールレッドを含有した「ENR」をラインナップに加えています。
フェノールレッドによる色識別により、現場での視認性を高め工程の正確性をサポートすることが目的です。

さらに日常業務では、急な移植の決定や、高濃度ヒアルロン酸を使用した移植への切り替えなど、予期しない状況が発生することがあります。そんな時に、37℃に温めるだけですぐに使用できる「ENM」は非常に重宝します。「ENM」は事前平衡が不要なHEPES含有タイプで、即応性が求められる場面に適しています。「ENM」と、平衡が必要な「EN(又はENR)」の2種類を準備しておくことも業務上有効であると私は考えます。

■ 高濃度ヒアルロン酸含有培養液「Embryo Nida®」EN・ENM・ENRの違いと使い分け ヒアルロン酸含有量 0.5mg/ml

製品名   事前準備 主な用途 特長

EN

EN

37°C インキュベータ(5%CO2) で2時間平衡 胚融解後の回復培養および、胚移植に使用可能 ヒアルロン酸含有量 0.5mg/ml

ENM

EMN-10-1

HEPES含有/37 °Cに加温するだけですぐに使用可 緊急移植や即時使用が必要な場面で有用 ヒアルロン酸含有量 0.5mg/ml
HEPES含有の為37℃に加温するだけでローディングにも即使用可能

ENR

ENR

37°C インキュベータ(5%CO2) で2時間平衡 胚融解後の回復培養および、胚移植に使用可能 ヒアルロン酸含有量 0.5mg/ml
フェノールレッド含有のため通常の培養液との視覚的判別が可能 誤操作防止

 

高濃度ヒアルロン酸含有培養液の展望と課題 – 臨床現場の声を交えて

高濃度ヒアルロン酸を含有する培養液を用いた胚移植は、保険適用が開始されたことを契機に、以前よりも使用頻度が増加し、2024年には、基準の一部が改訂され、対象範囲がさらに拡大されました。第68回日本生殖医学会学術講演会の一般演題や、その翌年の第69回日本生殖医学会学術講演会ランチョンセミナーでは、各メーカーが販売する高濃度ヒアルロン酸含有培養液の濃度などの成分分析に関する発表が行われ大きな注目を集めました。ところが、生殖補助医療に関連する医療技術等の評価⑧(資料1)には「高濃度」の定義が明記されていません。既存のエビデンスを踏まえると 0.5 mg/mL 以上が高濃度と考えられますが、保険適用製品として販売する以上、妊娠率に差がない場合でも ヒアルロン酸含有量を明示する責任が各メーカーにあると言えるでしょう。弊社製品も例外ではなく、この情報を透明性高く提示することが重要だと考えています。

ヒアルロン酸含有培養液のメカニズムには、なお未解明の点が多く残されています。分割胚の移植後、ヒアルロン酸が着床部位にどの程度とどまり着床をサポートしているのか、あるいは 培養液の粘稠性 が胚を守る“クッション”として機能しているのかなど、今後の検証が待たれます。

胚移植でのヒアルロン酸の作用に関しては依然としてブラックボックスの部分が多く感じますが、将来的には胚を保護し着床をサポートような培養カプセルに胚をつめて、故加藤修先生が開発した子宮内膜埋め込み法「TOWAKO method」(みなとみらい夢クリニック院長貝嶋弘恒先生が弊社ウェビナーで紹介)で移植できる日が来ることを夢見ています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

参考文献:

1) Heymann D, Vidal L, Or Y, Shoham Z. Hyaluronic acid in embryo transfer media for assisted reproductive technologies. Cochrane Database Syst Rev 2020;9:CD007421.

2) Adeniyi T, Horne G, Ruane PT, Brison DR, Roberts SA. Clinical efficacy of hyaluronate-containing embryo transfer medium in IVF/ICSI treatment cycles: a cohort study. Hum Reprod Open 2021;2021:hoab004.

 

 

 

内山 一男

執筆者: 内山 一男

1994年から加藤レディスクリニックで30年近く胚培養士として不妊治療に携わる。 ICSIの受精率90% 以上と当時世界一の技術達成に関わり、さらに安全なICSIを目指すべく卵子紡錘体の可視化と精子形態の厳選化を合わせたSL-IMSIシステムの開発およびルーティン化を実現。 培養士3人でスタートしたラボも60人の巨大なラボに成長し、巣立った培養士が多くの施設で活躍中。 常に新しい技術を適切に確立し取り入れ、累計5万人以上の赤ちゃん誕生に関わり得たことが一番の誇り。