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胚培養士さんの未来のために 北里コーポレーションのブログ

こんにちは内山です。良好な精子を選び、完璧にICSIしても何故か受精しない患者様が一定数存在します。今回は、そのような受精障害症例に対する人為的卵子活性化(Artificial Oocyte Activation: AOA)について取り上げます。

卵子活性化のメカニズムと受精障害

卵子に精子が侵入すると精子からホスホリパーゼCゼータ(PLCζ)という卵子活性化因子が放出されます。PLCζは、イノシトール3リン酸(IP₃)を産生し、これがIP₃受容体に作用することでカルシウムイオン貯蔵器官である小胞体から、カルシウムイオン(Ca2)が卵子細胞質内に放出されます。
この反応の連鎖によって卵子内では、数時間にわたって周期的なカルシウムイオン(Ca²⁺)濃度の上昇と下降、すなわち「カルシウムオシレーション」が観察されます。カルシウムオシレーションは、卵子の活性化を引き起こす主要なシグナルとして機能し、受精後の発生開始へと繋がります(図1)。つまり、精子によるカルシウムシグナルの誘導こそが、卵子活性化に不可欠な役割を担っているのです。

受精時の卵子活性化のメカニズム

十分な精子数が確認されている場合であっても、全症例の約10〜15%では受精が成立しないことが報告されています。こうした受精障害は複数回繰り返すことがあり、その場合、次の選択肢として顕微授精(ICSI)が推奨されます。しかし、ICSIを行ったにもかかわらず、約1~5%の患者様においては、依然として受精障害が認めれれる時があり、この時点で初めて「受精障害が不妊の主要因」として診断されることとなります。
以前培養士として働いていた職場では、多くの患者様が自然周期または低刺激周期で採卵を行っておりました。平均で3個程度の採卵数だったこともあり、5~10%の患者様に受精障害が認められていました。受精障害が偶発的なものか、器質的なものかを判断するのは難しく、多くの場合、次周期も同様にICSIによる媒精を行っていました。連続してICSI受精が認めれないケースは3%程と決して頻度は高くありませんでしたが、こうした重度受精障害症例に対して、人為的卵子活性化(Artificial Oocyte Activation:AOA)の適用が検討されました。
なお、AOAの導入判断には複数周期を要する場合が多く、初回がC-IVFであった場合には、4周期目でようやくAOAを導入することもありました。

人為的卵子活性化(Artificial Oocyte Activation: AOA)と臨床導入

受精障害の原因の一つに、卵子活性化不全が知られています。これは精子が卵子内に侵入しても、ホスホリパーゼCゼータ(PLCζ)によるCa²⁺シグナルが十分に誘発されないことで、減数分裂の再開や前核形成が起こらない状態を指します。このような症例に対して、外的刺激によりCa²⁺上昇を人工的に誘発する手法が「人為的卵子活性化(Artificial Oocyte Activation: AOA)」です。AOAは、卵子細胞質内でCa²⁺オシレーションを模倣することにより、卵子の代謝活性化、第二減数分裂の完了、前核形成、初期胚発生の誘導を目的としています。主な誘導方法として、以下の3つのアプローチが広く知られています。
 
・カルシウムイオノフォア(A23187)  
・塩化ストロンチウム(SrCl₂) 
・電気刺激
 
いずれの方法も、異なる作用機序によって卵子に活性化シグナルを与え、正常な胚発生の開始を促すことを目的としています。
当社では、これらの手法のうちカルシウムイオノフォア(A23187)および塩化ストロンチウム(SrCl₂)を用いた2種類の卵子活性化試薬を提供し、重度受精障害症例における受精率および胚発生率の改善をサポートしており、国内では多くのご施設でご使用いただいています。

カルシウムイオノフォア(A23187)

カルシウムイオノフォアは、Ca²⁺の細胞膜透過性を促進し、卵子の活性化を誘導する物質です。1990年代より、ヒト卵母細胞の活性化法としてTesarikらにより臨床応用され、現在も幅広く用いられている代表的な手法の一つです。特に、A23187は優れた再現性と有効性を有し、世界的に最も一般的に使用されているのが、カルシウムイオノフォアです。弊社では、このA23187を基剤とした2種類の専用製品を提供しています。

・CIR(Phenol Red含有)
・CIM(HEPES含有)
CIRは加湿型インキュベータ(37℃,5~6%,CO₂)で平衡化し使用します。オイルフリーであれば平衡時間は2時間程度です。オイルカバーした場合はオイルの種類、厚さなどにより平衡時間が異なるため、予め調べてから使用されることをお勧めします。
CIMはHEPES含有のためインキュベータ外で使用します。試薬は37℃に温まっていれば使用可能で平衡の必要がありません。医師からの急な指示変更などがあっても柔軟に対応できます。
注意事項
CIRおよびCIMのいずれにおいても、A23187は光に対して非常に敏感であり、紫外線に曝露されると劣化する可能性があるため、試薬の保管および活性化操作中には遮光を徹底する必要があります。
また、本試薬はアルブミンフリー設計のため、Zona Free卵子など特定の条件下ではプラスチックディッシュへの付着が生じやすいというご指摘をいただいていました。
これらのフィードバックを踏まえ、弊社では試薬の物理的特性を再検討し、培養環境下における粘度と表面張力を最適化することで、ディッシュへの付着を防止するよう改良を加えました。
その結果、受精障害を有するさまざまな症例の卵子に対しても、より安定かつ安全にご使用いただける製品となっています。

塩化ストロンチウム(SrCl₂)

弊社ではさらに、塩化ストロンチウム(SrCl₂)を用いた試薬も開発し販売しています。
SrCl₂ は卵子内に取り込まれると、ER(小胞体)に作用して IP₃ 受容体を活性化し、貯蔵されている Ca²⁺ の放出を誘発します。つまり、カルシウムイオノフォアが「外部からカルシウムを流入させる方法」であるのに対し、SrCl₂ による AOA は「卵子内のカルシウム放出を促す方法」であり、自然受精に近いメカニズムで卵子を活性化する手法と言えます。
 
塩化ストロンチウム卵子活性化のメカニズム-2
弊社は2022SrCl2を製品化し、同年9月より以下2製品を販売しています。また、今回Phenol Redを含有したSRRも発売開始いたしました。
 
・SR
・SRM(HEPES含有)
🆕SRR (Phenol Red 含有)
 
これらは、先程ご紹介したCIR,CIMと同様に、CO₂平衡して使用するタイプとインキュベータ外で使用するHEPES含有タイプの2種類をご用意しています。SrCl2は活性化時間が1時間と長いため、SRMの場合インキュベータ外なので温度の管理には注意が必要です。
当時、販売開始に合わせ(20229月、20232月)リプロダクションクリニック大阪/東京の培養部部長、水田真平をお招きし、AOAについてご講演を賜りました。同院では男性不妊患者様の割合が高いことでも知られており、そのような背景のもと、水田様からは卵子活性化のメカニズムなど基礎的な内容から、大阪・東京の同2院での臨床データを基にした活性化効果、さらにAOAの実施手順や独自のノウハウについてもご教示頂きました。特にカルシウムイオノフォア(A23187)が効かなかった場合の進め方として塩化ストロンチウム(SrCl₂)は有効であるという貴重な知見をご紹介いただきました。両者の作用機序が違うことにより受精障害の患者様に対して、より広い治療アプローチが可能となることが示され、大変好評でした。
卵子活性化の手法についてはまだまだ改良の余地があります。例えば、重度の受精障害症例に対して連続的に2段階のカルシウム刺激を与える"ダブルカルシウムイオノフォア"処理を行うことで、受精率が大幅に改善した報告があります(参考文献1)。また、ICSI翌日に未受精であった卵子に対して救済的人為的卵子活性化(rAOA)を行い、得られた胚盤胞の染色体分析で正常核型を確認できた報告(参考文献2)もあります。機会があれば今後はこうした最新知見を踏まえ、AOAに関するご質問への対応方法なども紹介していければと思います。

新製品イオノマイシン発売とウェビナーのご案内

このたび北里コーポレーションでは、新たな卵子活性化試薬として「イオノマイシン(Ionomycin)」を発売いたします。発売に合わせて、楠原ウィメンズクリニック 培養室長・沖津摂様によるウェビナーを開催予定です。
講演では、ICSI後に未受精となった卵母細胞に対する救済的人為的卵子活性化(rAOA)の臨床的有効性について、最新の研究データをもとに解説いただきます。また、「イオノマイシン処理は、いつ行うのが最も効果的なのか?」――そのタイミングによって胚の発生能がどのように変化したのかを、実際の症例とともにご紹介します。
卵子活性化の理論から実践、そして選択の考え方までを学べる実践的な内容です。ウェビナーの詳細は後日メールにてご案内と告知をさせていただきます。最後までお読みくださり有難うございました。


参考文献:
1) Shebl O, Szymańska M, Wdowiak A, Łagodzińska M, Mroczek K.
Double exposure to calcium ionophore improves fertilization outcomes in cases of previous total fertilization failure after ICSI.
Zygote 2022;30(2):85–91.

2) Xu Z, Fang Z, Zhang Y, Xiong B, Wang Z, Wang S.
Rescue activation of unfertilized oocytes after intracytoplasmic sperm injection produces blastocysts with normal karyotypes.
Fertil Steril 2021;115(2):425–435.

 

 

 

 

内山 一男

執筆者: 内山 一男

1994年から加藤レディスクリニックで30年近く胚培養士として不妊治療に携わる。 ICSIの受精率90% 以上と当時世界一の技術達成に関わり、さらに安全なICSIを目指すべく卵子紡錘体の可視化と精子形態の厳選化を合わせたSL-IMSIシステムの開発およびルーティン化を実現。 培養士3人でスタートしたラボも60人の巨大なラボに成長し、巣立った培養士が多くの施設で活躍中。 常に新しい技術を適切に確立し取り入れ、累計5万人以上の赤ちゃん誕生に関わり得たことが一番の誇り。